回遊の森
就活だの、卒論だの、学祭だの、院試だの、どうこうしているウチについに秋になった。
演習室では魚が捌かれたり、肉焼いたり、映画みたり、川端と哲学をしたりした。最近はずっとアパートに帰らずに一日のほとんどを演習室で過ごしている。寝るのも起きるのも演習室。アパートに帰るのはシャワーの時のみ。いごこが良すぎるんだな。ヤマトと釣りに行ったり魚さばいているところ見たりする度に思うんだけど、人間に生まれてよかった。うまれかわっても魚にはなりたくないなあ。
いろんなことがあったけどブログに書く時間とエネルギーが無くなっている。悲しきかな。
印象深いことはたくさんある。とはいえ、人間が見るべきは将来であり、目下自分が最も考えるべきは大学院に進学し、さらにその後の人生がどうなるかということである。
灰原薬の回遊の森を読んだ。大学院を受けたに当たり、色々考えたこともあるのでついでにレヴューしとこうと思う。
回遊の森はいくつかの短編がオムニバス形式になっていてそれぞれがなんとなくつながっているといういわゆる連作短編集である。僕はこの作者を全く知らなかったのだがさえちゃんに進められて読んでみたらすごく良かった。
他にバサラとかとかげとか描いているらしい。描かれる女の子が抜群に可愛い。回遊以外はストーリーが微妙らしい。読んでないけど。
この回遊の森に関してはシンプルで分かりやすくて良かったと思った。
雑誌がエロFなので、エロ要素が少し。
テーマは罪悪感。これは一貫している。後ろめたさとか疾しさとかそういうの。背徳感。
蛇しかだけない男の話があるんだが、あの話が最もわかりやすいだろう。
蛇はおそらく罪の象徴である。なんなく社会生活を営んでいる普通の男のどこか性的で背徳的な一面が描かれる。
けどきっとそういうのは多かれ少なかれ生きていたら皆絶対あるものなんだろう。
ああああああああちくしょう ここから先の記事が消えたちくしょう
書き直すのめんどい
けど書き直す
薄泊なヒューマニズムに陥らず人間の内面を描き出した上で肯定するという灰原のまなざしはどこか優しい。
人間が誰しも持っているような後ろめたい感情や罪に焦点を当てるというのは人間を描き出す上で当たり前でありがちな方法なのだけれども、この作品が成功している点は、この作品が連作短編集であるということである。つまり、いくつかの短編をリンクさせながら一つの作品を作っているのである。ある話で登場した普通の人が他の話では「ありがちな狂気と罪」を持った人間として登場するのである。読者は読み進めていく中で、「ありがちな狂気」をどこかで普遍化していく。ただ残念なのが話のつなげ方である。話の最後に、次の話で登場する人がちょこっと出てくるツナギの箇所があるのだが、もっと自然な形で、話の中で次の話の登場人物を普通に出した方が、「ありがちな」狂気感が強調されて良かったのではないかと思う。そういう意味で、一話と最終話の繋がり方は非常によい。
最終話は他の話とは少し面持が違うように思う。最終話で描かれるのは罪悪感とか、罪とかではなく、後ろめたさである。それは、社会に出ることを恐れ、回遊することを放棄したという、後ろめたさである。秘密の交際をしている女生徒との関係性の中でなんとなく形成される「ここ」。主人公の教師は「ここ」にいたいという想いと、「ここ」に留まっている後ろめたさと、「ここ」にはずっといられないだろう、彼女はいつか「ここ」を出ていくであろうという自覚と切なさ、そしてそれらを感じている自己嫌悪の感情をごちゃまぜにして思いを抱いて踏みとどまる。しかし女生徒はいずれ回遊して「ここ」から外の世界へ出ていく。彼女に懇願しようと彼女を繋ぎとめることはできず、そこには回遊することを恐れてぬるま湯に浸るだけの自分だけが残される。「ここ」は曖昧なぬるま湯であったがこそ続いた。それゆえに、そのぬるま湯をぬるま湯ではなく、自分のいるべき場所だと肯定できた時、彼女は離れていく。彼女は地元に残り、教師は回遊し、社会に出ていくことになる。
別れの際彼女はいう。回遊漁が回遊するのは、死んでも見たい世界がそこにあったからだと。
なんだかサカナクションのアルクラウンドみたいな話だ。
大学院受験を控え、将来への不安に押しつぶされそうな次期にこれを読んで、回遊した先でもがんばろうと思った。それがたとえ死滅回遊であっても、回遊をすることに意味がある。がんばろう。
大学は楽しい。富山大学に来れて本当に良かったと思う。でも、だれもずっとここに留まることはできないのである。あと数か月の大学生活でできることは精一杯やろうと思うと共に、自分の中でどこかこの環境、演習室にどこかで依存している自分の気持ちに見切りをつけることができた。・・・ま、演習室暮らしはやめんけど(笑)。
筑波大学は正直いって雰囲気とか環境が今と真逆で自分に合わない。しかし人間は生きる環境を自分自身の意思と行動で自由に変えることができるはずである。好きになれないなら、自分で好きになるように変えてしまえばいい。今の演習室だってそうだったし。
がんばろう。幸い僕は魚ではなく、人間に生まれたのだから。
演習室では魚が捌かれたり、肉焼いたり、映画みたり、川端と哲学をしたりした。最近はずっとアパートに帰らずに一日のほとんどを演習室で過ごしている。寝るのも起きるのも演習室。アパートに帰るのはシャワーの時のみ。いごこが良すぎるんだな。ヤマトと釣りに行ったり魚さばいているところ見たりする度に思うんだけど、人間に生まれてよかった。うまれかわっても魚にはなりたくないなあ。
いろんなことがあったけどブログに書く時間とエネルギーが無くなっている。悲しきかな。
印象深いことはたくさんある。とはいえ、人間が見るべきは将来であり、目下自分が最も考えるべきは大学院に進学し、さらにその後の人生がどうなるかということである。
灰原薬の回遊の森を読んだ。大学院を受けたに当たり、色々考えたこともあるのでついでにレヴューしとこうと思う。
回遊の森はいくつかの短編がオムニバス形式になっていてそれぞれがなんとなくつながっているといういわゆる連作短編集である。僕はこの作者を全く知らなかったのだがさえちゃんに進められて読んでみたらすごく良かった。
他にバサラとかとかげとか描いているらしい。描かれる女の子が抜群に可愛い。回遊以外はストーリーが微妙らしい。読んでないけど。
この回遊の森に関してはシンプルで分かりやすくて良かったと思った。
雑誌がエロFなので、エロ要素が少し。
テーマは罪悪感。これは一貫している。後ろめたさとか疾しさとかそういうの。背徳感。
蛇しかだけない男の話があるんだが、あの話が最もわかりやすいだろう。
蛇はおそらく罪の象徴である。なんなく社会生活を営んでいる普通の男のどこか性的で背徳的な一面が描かれる。
けどきっとそういうのは多かれ少なかれ生きていたら皆絶対あるものなんだろう。
ああああああああちくしょう ここから先の記事が消えたちくしょう
書き直すのめんどい
けど書き直す
薄泊なヒューマニズムに陥らず人間の内面を描き出した上で肯定するという灰原のまなざしはどこか優しい。
人間が誰しも持っているような後ろめたい感情や罪に焦点を当てるというのは人間を描き出す上で当たり前でありがちな方法なのだけれども、この作品が成功している点は、この作品が連作短編集であるということである。つまり、いくつかの短編をリンクさせながら一つの作品を作っているのである。ある話で登場した普通の人が他の話では「ありがちな狂気と罪」を持った人間として登場するのである。読者は読み進めていく中で、「ありがちな狂気」をどこかで普遍化していく。ただ残念なのが話のつなげ方である。話の最後に、次の話で登場する人がちょこっと出てくるツナギの箇所があるのだが、もっと自然な形で、話の中で次の話の登場人物を普通に出した方が、「ありがちな」狂気感が強調されて良かったのではないかと思う。そういう意味で、一話と最終話の繋がり方は非常によい。
最終話は他の話とは少し面持が違うように思う。最終話で描かれるのは罪悪感とか、罪とかではなく、後ろめたさである。それは、社会に出ることを恐れ、回遊することを放棄したという、後ろめたさである。秘密の交際をしている女生徒との関係性の中でなんとなく形成される「ここ」。主人公の教師は「ここ」にいたいという想いと、「ここ」に留まっている後ろめたさと、「ここ」にはずっといられないだろう、彼女はいつか「ここ」を出ていくであろうという自覚と切なさ、そしてそれらを感じている自己嫌悪の感情をごちゃまぜにして思いを抱いて踏みとどまる。しかし女生徒はいずれ回遊して「ここ」から外の世界へ出ていく。彼女に懇願しようと彼女を繋ぎとめることはできず、そこには回遊することを恐れてぬるま湯に浸るだけの自分だけが残される。「ここ」は曖昧なぬるま湯であったがこそ続いた。それゆえに、そのぬるま湯をぬるま湯ではなく、自分のいるべき場所だと肯定できた時、彼女は離れていく。彼女は地元に残り、教師は回遊し、社会に出ていくことになる。
別れの際彼女はいう。回遊漁が回遊するのは、死んでも見たい世界がそこにあったからだと。
なんだかサカナクションのアルクラウンドみたいな話だ。
大学院受験を控え、将来への不安に押しつぶされそうな次期にこれを読んで、回遊した先でもがんばろうと思った。それがたとえ死滅回遊であっても、回遊をすることに意味がある。がんばろう。
大学は楽しい。富山大学に来れて本当に良かったと思う。でも、だれもずっとここに留まることはできないのである。あと数か月の大学生活でできることは精一杯やろうと思うと共に、自分の中でどこかこの環境、演習室にどこかで依存している自分の気持ちに見切りをつけることができた。・・・ま、演習室暮らしはやめんけど(笑)。
筑波大学は正直いって雰囲気とか環境が今と真逆で自分に合わない。しかし人間は生きる環境を自分自身の意思と行動で自由に変えることができるはずである。好きになれないなら、自分で好きになるように変えてしまえばいい。今の演習室だってそうだったし。
がんばろう。幸い僕は魚ではなく、人間に生まれたのだから。
Category : ○ 独善的レビュー
筑波入試旅行
筑波大学の秋入試を受けてきた。
今回は入試前にがっきーと博物館巡りをしたので、受験の二日前に東京へむかった。南千住駅近くの3000円くらいの宿に泊まった。三千円であれならまあまあか。スカイツリーのすぐそばだった。
17日の夜行バスに乗って、18日の朝に東京へ。タリーズで時間をつぶす。
タリーズの窓から外を見てた。色んな人がいた。そこには多様な単調さ、あるいは多様な単調さがあるように思えた。皆おとなの顔して歩いていたので、なんとなく、思いっきりシャボン玉を吹いてみたくなった。
あるいはあの人どおりの中で、カードゲームをしてやりやくなった。
で、江戸東京博物館へ。なんとヴェネチア展をやってた。すごい。むっちゃ金持ってるな。企画展示二つもあるし。でかい。
午後からがっきーと作戦会議。面接の対策などを聞く。
次の日は朝からがっきーの車で歴史民俗博物館へ。遠い。山。アクセス悪し。教科書的な展示だった。
そのあとは柳田國男が神秘体験した玉を見て、間引き絵馬を見た。民俗学への思いを再確認する。
で、次の日に面接。東京の朝は意外と気持ちがいい。非日常感。冷えた空気。
奮発していい朝飯くって、つくばエクスプレスで筑波大学へ。
試験会場にはけこう人がいた。
英語がやばかった。でも500点中英語は100点しかないから大丈夫かも
専門はまあ八割はとれたかな
面接は事前にがっきーと話していたので結構スムーズしかし一問だけ答えられない問題があって悔しかった。
多分倍率は10倍くらいだから、正直今回は受からないだろう。
色々あったけど非日常感があってすごい楽しかった。
まあ秋入試は落ちたものとして二月入試に向けて、卒論をがんばろう
今回は入試前にがっきーと博物館巡りをしたので、受験の二日前に東京へむかった。南千住駅近くの3000円くらいの宿に泊まった。三千円であれならまあまあか。スカイツリーのすぐそばだった。
17日の夜行バスに乗って、18日の朝に東京へ。タリーズで時間をつぶす。
タリーズの窓から外を見てた。色んな人がいた。そこには多様な単調さ、あるいは多様な単調さがあるように思えた。皆おとなの顔して歩いていたので、なんとなく、思いっきりシャボン玉を吹いてみたくなった。
あるいはあの人どおりの中で、カードゲームをしてやりやくなった。
で、江戸東京博物館へ。なんとヴェネチア展をやってた。すごい。むっちゃ金持ってるな。企画展示二つもあるし。でかい。
午後からがっきーと作戦会議。面接の対策などを聞く。
次の日は朝からがっきーの車で歴史民俗博物館へ。遠い。山。アクセス悪し。教科書的な展示だった。
そのあとは柳田國男が神秘体験した玉を見て、間引き絵馬を見た。民俗学への思いを再確認する。
で、次の日に面接。東京の朝は意外と気持ちがいい。非日常感。冷えた空気。
奮発していい朝飯くって、つくばエクスプレスで筑波大学へ。
試験会場にはけこう人がいた。
英語がやばかった。でも500点中英語は100点しかないから大丈夫かも
専門はまあ八割はとれたかな
面接は事前にがっきーと話していたので結構スムーズしかし一問だけ答えられない問題があって悔しかった。
多分倍率は10倍くらいだから、正直今回は受からないだろう。
色々あったけど非日常感があってすごい楽しかった。
まあ秋入試は落ちたものとして二月入試に向けて、卒論をがんばろう
Category : ○ 独善的日記
これからの方針メモ
いろいろメモ。メモなんでまともな文章になってないけど。
民俗学は、民俗学の研究の俎上に乗っていなければならない。
たとえば私がしたい都市祭礼研究の代表は阿南透などがあげられるが、確かに民俗学かもしれんよ?でもさ、結局は文化人類学だよね?
って話になる。こないだの面接で、先行研究(民俗)を聞かれたのは、そこが見たかったからだと思う。
それと卒論。今のところ、いわゆる伝統的な社会とそうでない社会を比較する、というものである・・・予定だけれども、それで?ってなるよね。確かに。やるならば、民俗らしく過去の研究を踏まえた上でさらにその向こう側を見なければならないよね。
たとえば、輪島崎キリコ祭りにおける、年齢階梯制が祭のときだけでなく、ほかのどのような部分で機能するのか。祭は、それ自体が完結したものではなく、いわゆる若者組な、ムラの成員を育成する機会として機能している。祭の技能や取り仕切りなどが、そのまま地域社会でムラを取り仕切る技能、ノウハウに直結しているし、また、網の結び方など、様々な生業にも直結しているはずである。そういう民俗知識や民俗文化が伝承していくプロセスとも密接に結びついている。こういった民俗社会の中での位置づけが必要。
日本の文化人類学研究は、ほとんど祭礼研究である。(要再考)なので、そういった基層文化に絡めるためには、民俗学を頼るしかないのである。
ってなると、若者組の表木とか大石論文の他にも若者組の先行研究を踏まえる必要があるであろう。
そして卒論もなるべく民俗っぽく?かこう。
で、だ。
研究計画書のポイント
は、まずとっかかりをつくること
そのとっかかりの研究に
反論
付け加え
別の視点
派生
検討
して、乗り越えていくのが研究である。たぶん
そしてそのとっかかりを民俗学の研究にしてしまえば、民俗学の研究になる。・・・はず
で、今やること
本を読むこと、学史をしっかりと把握すること
面接対策をすること
自分にとって民俗学とはなにか、をしっかり考えること
これらが結局は専門科目対策になる
そして、これらをやりつつも卒論を進める
もちろん英語も忘れずにしっかりやろう。
民俗学は、民俗学の研究の俎上に乗っていなければならない。
たとえば私がしたい都市祭礼研究の代表は阿南透などがあげられるが、確かに民俗学かもしれんよ?でもさ、結局は文化人類学だよね?
って話になる。こないだの面接で、先行研究(民俗)を聞かれたのは、そこが見たかったからだと思う。
それと卒論。今のところ、いわゆる伝統的な社会とそうでない社会を比較する、というものである・・・予定だけれども、それで?ってなるよね。確かに。やるならば、民俗らしく過去の研究を踏まえた上でさらにその向こう側を見なければならないよね。
たとえば、輪島崎キリコ祭りにおける、年齢階梯制が祭のときだけでなく、ほかのどのような部分で機能するのか。祭は、それ自体が完結したものではなく、いわゆる若者組な、ムラの成員を育成する機会として機能している。祭の技能や取り仕切りなどが、そのまま地域社会でムラを取り仕切る技能、ノウハウに直結しているし、また、網の結び方など、様々な生業にも直結しているはずである。そういう民俗知識や民俗文化が伝承していくプロセスとも密接に結びついている。こういった民俗社会の中での位置づけが必要。
日本の文化人類学研究は、ほとんど祭礼研究である。(要再考)なので、そういった基層文化に絡めるためには、民俗学を頼るしかないのである。
ってなると、若者組の表木とか大石論文の他にも若者組の先行研究を踏まえる必要があるであろう。
そして卒論もなるべく民俗っぽく?かこう。
で、だ。
研究計画書のポイント
は、まずとっかかりをつくること
そのとっかかりの研究に
反論
付け加え
別の視点
派生
検討
して、乗り越えていくのが研究である。たぶん
そしてそのとっかかりを民俗学の研究にしてしまえば、民俗学の研究になる。・・・はず
で、今やること
本を読むこと、学史をしっかりと把握すること
面接対策をすること
自分にとって民俗学とはなにか、をしっかり考えること
これらが結局は専門科目対策になる
そして、これらをやりつつも卒論を進める
もちろん英語も忘れずにしっかりやろう。
Category : ○ 学習と学問のまねごと
受験の感想、反省
先日、某大学院をの入試を受けてきた。僕は大学院を2つ受けるが、そのうちの本命じゃない方である。
二つの大学院は秋入試と春入試があって、秋入試は最近できた。秋入試はどうやら内部の学生用らしいので、元々
受かる気は全くない。練習のつもりでいった。
入試は三時間の筆記(専門、英語)と面接試験がある。
筆記は三時間以内に両方ともやる。配分は自由だ。面接は15分だった。
前日に夜行バスに乗って、超ひさびさにビジネスホテルというものを利用した。快適すぎて涙が出そうになった。というか快適すぎてベッドで眠れなかった。寝つけなかった。
ビジネスホテルって、ズボンプレッサーとかあるんだね。あれは役立つわー。
朝食バイキングで死ぬほど飯を食ってやった。
ラッシュに揉まれて大学へ。以前先生に挨拶するときに来たので今回は迷わずスムーズに目的地へたどり着けた。
筆記は、とりあえず専門から始めた。早めに終わらしてじっくり英語やろうと思った。この判断は間違ってはいなかった。問題内容はここでは書けないが、余裕だった。30分かからずに専門終了。少なくとも8割は取れたと思う。多分、挨拶しにいった先生が考慮してくれたんだろう。僕の専門分野の問題ばかり出た。とはいえ、サービスしたのではなくて、「この分野でやるつもりなら、これくらいはわかってるよね?」という意図だったと思う。どうやら基本はできているようだ。しかし、そのあとの英語が難しかった。いや、自分の英語力がくそだった。部分点をかき集めまくって、6割くらいかな。これでも辞書持ち込み可だったからなあ。来月受ける本命のところは辞書持ち込み不可でしかも今回よりも難しいので、とにかく英語を頑張らないといけない。専門は苦手なところを埋めるだけで大体大丈夫であろう。
それと、時計を持っていかなかったのはまずかった。部屋に時計があると思ってた。100均でもなんでもいいので腕時計買って、次の試験で使おう。
英語は死んだけど専門がかなりできたので、多分総合的にはギリギリ合格ラインだと思う。
問題は研究計画書と面接である。
秋入試は卒論の提出がないため、殆どが計画書で決まるといっても過言ではない。この大学の計画書は、期限ぎりぎりになってかなりクオリティが低いため、大変不安だった。
それで、面接では、いろいろ突っ込みを受ける感じだった。
文化人類学ではなく、民俗学をやる理由
自分のやりたい分野の先行研究
卒論でどうしてキリコをやったのか、計画書では夜高なのに
この三つが主だった。
一応この手の質問は予想はしていたし、準備もしていったつもりだったが、深く深く突っ込まれるとうまく答えられなかった。なんだか、キャッチボールができない感じだったと思う。
はあ?だから、こっちが聞きたいのはそういうことじゃないんだよ。
みたいな空気があって。
特に、民俗学をやる理由については、本当に自分自身がもう一度考えなおす必要があると思った。
この手の面接って結局は就活の自己分析と似たようなもので、自分の中でいかに問いかけを突き詰めて具体的にして、理論武装していくかがすべてだと思った。今更ながら。
なんだよ、就活で学んだことがなんにも生かされてねーじゃねーかよ。屑かよほんとによ
しかし、おそらく来月でも、春入試(2月)でも必ず同じことを聞かれる。絶対に。
聞かれることと、自分の弱みが浮き彫りになったので、今回の試験は落ちるだろうが、学べる点は多かったと思う。
とにかくいい経験になった。
いろいろ考えなおそう。
あと、やっぱあの県は美人が多い
試験で隣に座った人からの第一声が
あの試験官むっちゃきれいくないですか?
だった。なんて男らしい。
帰りは台風が大変だった。バス予約しといてよかったなあ。
おしまい
二つの大学院は秋入試と春入試があって、秋入試は最近できた。秋入試はどうやら内部の学生用らしいので、元々
受かる気は全くない。練習のつもりでいった。
入試は三時間の筆記(専門、英語)と面接試験がある。
筆記は三時間以内に両方ともやる。配分は自由だ。面接は15分だった。
前日に夜行バスに乗って、超ひさびさにビジネスホテルというものを利用した。快適すぎて涙が出そうになった。というか快適すぎてベッドで眠れなかった。寝つけなかった。
ビジネスホテルって、ズボンプレッサーとかあるんだね。あれは役立つわー。
朝食バイキングで死ぬほど飯を食ってやった。
ラッシュに揉まれて大学へ。以前先生に挨拶するときに来たので今回は迷わずスムーズに目的地へたどり着けた。
筆記は、とりあえず専門から始めた。早めに終わらしてじっくり英語やろうと思った。この判断は間違ってはいなかった。問題内容はここでは書けないが、余裕だった。30分かからずに専門終了。少なくとも8割は取れたと思う。多分、挨拶しにいった先生が考慮してくれたんだろう。僕の専門分野の問題ばかり出た。とはいえ、サービスしたのではなくて、「この分野でやるつもりなら、これくらいはわかってるよね?」という意図だったと思う。どうやら基本はできているようだ。しかし、そのあとの英語が難しかった。いや、自分の英語力がくそだった。部分点をかき集めまくって、6割くらいかな。これでも辞書持ち込み可だったからなあ。来月受ける本命のところは辞書持ち込み不可でしかも今回よりも難しいので、とにかく英語を頑張らないといけない。専門は苦手なところを埋めるだけで大体大丈夫であろう。
それと、時計を持っていかなかったのはまずかった。部屋に時計があると思ってた。100均でもなんでもいいので腕時計買って、次の試験で使おう。
英語は死んだけど専門がかなりできたので、多分総合的にはギリギリ合格ラインだと思う。
問題は研究計画書と面接である。
秋入試は卒論の提出がないため、殆どが計画書で決まるといっても過言ではない。この大学の計画書は、期限ぎりぎりになってかなりクオリティが低いため、大変不安だった。
それで、面接では、いろいろ突っ込みを受ける感じだった。
文化人類学ではなく、民俗学をやる理由
自分のやりたい分野の先行研究
卒論でどうしてキリコをやったのか、計画書では夜高なのに
この三つが主だった。
一応この手の質問は予想はしていたし、準備もしていったつもりだったが、深く深く突っ込まれるとうまく答えられなかった。なんだか、キャッチボールができない感じだったと思う。
はあ?だから、こっちが聞きたいのはそういうことじゃないんだよ。
みたいな空気があって。
特に、民俗学をやる理由については、本当に自分自身がもう一度考えなおす必要があると思った。
この手の面接って結局は就活の自己分析と似たようなもので、自分の中でいかに問いかけを突き詰めて具体的にして、理論武装していくかがすべてだと思った。今更ながら。
なんだよ、就活で学んだことがなんにも生かされてねーじゃねーかよ。屑かよほんとによ
しかし、おそらく来月でも、春入試(2月)でも必ず同じことを聞かれる。絶対に。
聞かれることと、自分の弱みが浮き彫りになったので、今回の試験は落ちるだろうが、学べる点は多かったと思う。
とにかくいい経験になった。
いろいろ考えなおそう。
あと、やっぱあの県は美人が多い
試験で隣に座った人からの第一声が
あの試験官むっちゃきれいくないですか?
だった。なんて男らしい。
帰りは台風が大変だった。バス予約しといてよかったなあ。
おしまい
Category : ○ 学習と学問のまねごと
輪島調査日誌 はじめに
9月2日深夜、調査を終え、輪島から富山に帰った。8月1日からおよそ1か月間にわたる住み込みでの調査だった。データはかなり集まった。祭りに関することだけではなく、気になったことや、漁師さんの生活、食文化、漆、観光業、様々なことをメモした。気付いたら、キリコ祭りというよりは、「輪島の文化」という報告書が書けそうな感じのノートになった。僕の悪い癖で、面白い事項があったら祭りからすぐ浮気してそっちを調べてしまった。とはいえ、朝から晩までずっと祭りのことだけを調べている必要もないし、フィールドワークではその対象の文化的背景を広く理解することは非常に重要なことなので、決して無意味ではなかったと思う。
しかし、私は卒論を「輪島大祭」で書くので、それらの祭り以外のことを記述することはない。ただ私のフィールドノートの中だけのものになってしまうのもなんだか寂しい気がするので、このブログで色々書いてみようと思う。
調査中に色んな風景、人、もの、に出会い、いろんなことを考えた。
とても人には言えないようなことをしたり(させられたり)、見せられないような写真を撮ったり(撮らされたり)、その結果トラウマが増えたりもした。
論文ではそういった主観的な印象は省かねばならない。それもなんとも寂しい。
ロード小説という分野が文学で成り立つのであれば、フィールドワーク小説という分野があってもよいような気がする。調査者が新しい文化、価値観に出会い、人との会話、関わりの中で新しいものを築いていく一人称小説。
「ナチュン」の前半みたいな感じ。いきいきとした文化と人間を描く。フィールドワークの原点である。論文では書けない、こぼれ落ちるような形にならないものを表現できたらいいな。
これを読んで誰かが輪島を好きになってくれたり、輪島に行ってみたくなったり、研究の参考になることがあればこれ以上に嬉しいことはない。しかし、あくまでこれは一研究者としてではなく、一若者の、独善的な、あまりに独善的な、主観的雑記である。それを前提にして記述していく。
・・・とりあえず今から筑波大学にいくので、帰ったら書き始めよう
しかし、私は卒論を「輪島大祭」で書くので、それらの祭り以外のことを記述することはない。ただ私のフィールドノートの中だけのものになってしまうのもなんだか寂しい気がするので、このブログで色々書いてみようと思う。
調査中に色んな風景、人、もの、に出会い、いろんなことを考えた。
とても人には言えないようなことをしたり(させられたり)、見せられないような写真を撮ったり(撮らされたり)、その結果トラウマが増えたりもした。
論文ではそういった主観的な印象は省かねばならない。それもなんとも寂しい。
ロード小説という分野が文学で成り立つのであれば、フィールドワーク小説という分野があってもよいような気がする。調査者が新しい文化、価値観に出会い、人との会話、関わりの中で新しいものを築いていく一人称小説。
「ナチュン」の前半みたいな感じ。いきいきとした文化と人間を描く。フィールドワークの原点である。論文では書けない、こぼれ落ちるような形にならないものを表現できたらいいな。
これを読んで誰かが輪島を好きになってくれたり、輪島に行ってみたくなったり、研究の参考になることがあればこれ以上に嬉しいことはない。しかし、あくまでこれは一研究者としてではなく、一若者の、独善的な、あまりに独善的な、主観的雑記である。それを前提にして記述していく。
・・・とりあえず今から筑波大学にいくので、帰ったら書き始めよう
Category : 学士論文調査










